2003年2月後半
2003年2月後半
2003年2月16日(日)
ゲファ。実は今日の朝も寒かった。
なぜならなんとKの家に居候ばりに2泊もしてしまったからだ。
というか、家に帰るのがめんどくさかった。それに、気づいたら夜中になってますた。
という理由で、結局泊まってしまった。
それにしても、本当にゲームばっかしてて疲れてしまった。
以前はディアブロ2にハマっていたが、今度はウォークラフトVですよ。
これがまた難易度の高いゲームで(w
かの有名なPCゲームage of empireという、ゲームがありますが、あのような形態のゲームであると思ってくれると理解しやすい(てか、そのまんま。)
ゲームが始まると、最初はつかえる人5人くらいと、自分の本拠地が与えられている。
それから、建物なんかを建てたりして、どんどん自分の国を作って相手と戦争してゆく。といったような感じである。
しかし、CPUの強いこと!!!
確か、こっちは人間3人で、相手は残り1部族。
3人総出でかかれば、あえなく通常は陥落するはずであるが、粘る粘る。
なかなか死なないので、人間のほうが疲労こんぱいし、途中で投げてしまった。
ただ単にチームワークがなってない!!
と思われるかもしれないのですが、俺たちは結構助け合ったり、それぞれの戦略を相談しあって戦いました。
たぶんチームワークはそこそこなものだと思うのですが、勝てない。
そんなこんなでずっと2日間くらいウォークラフトで引きこもってますた。
食べ物もあまり食べなかったし。(松屋の牛丼とチャーハン、クッキーくらいか・・・食べ物。)
とりあえず夜遅くまでやってるので、みんな朝起きない。
よって、朝飯ナシ。
昼くらいにのっそりおきだすために、またもや昼飯もあまりたべない。
夜はちょっと食べて、ゲームしながら、お菓子食べるくらいかな。
明け方4時か、5時近くまでやって、疲れて途中で寝てしまう。。。。
ああ、本当に早死にしそうな生活ですなぁ〜
2003年2月17日(月)
たまたま、横浜を歩いていると、広告がちらりと目に入ってきた。
特になんの変哲もない広告で、模型屋のものであった。
”閉店セール最大50%OFF”とかかれていた。
ちょっと興味本位で入ってみたところ、すごい人の数。。
どうやら、今日をもって閉店するらしく、店の中も商品を叩き売りしてしまって、閑散としている。
模型っていうのもピンからキリまであって、高いラジコンなんかは50000円くらいしている。
まぁ模型なんてこの頃はめっきり作ってなかったのでせっかくだから購入しとくかなぁ。。なんて思ったのですが、
このまえもそんなことを考えて模型をどこかで買った予感・・
結局作らずに家の倉庫にいくつか眠ってるもようなので、本気で作るための(?)模型をチョイスせなあかんと。
自動車とかのプラモデルを探したのですが、最終日とあってほとんど残ってない。
やっぱり人気のある車種はなくなるのが早く、フェラーリやポルシェなんかは残ってません。
50%オフとはいえ、金がないのでそこまで高い値段のを買えるなんてこともありませんし。
スタンダードにSUZUKIのRG250γとKAWASAKIのZ400GP。それから、残り物のガンダムのアッガイ。
これら合計価格1500円・・・・いい買い物だったのか、銭失っただけなのか・・・
わしにもわかりません。ただ、確実に暇をつぶせるものが出来たというのはうれしい現実ですなぁ。。
2003年2月18日(火)
かねてよりバイトを探していたわけであるが。
仕事がみつかった。
紹介されたのだ。アル中に。
もちろんバイトといっても、内容が複雑なものだ。
プログラミングのバイトとでもいっておこうか。
一つのプログラムを組んでいくらかもらうといった感じの完全出来高制ちっく。
もちろん、プログラミングはちょっとはかじったことがあるものの、ワシの能力ではそれを売る気にもならない。
というわけで、アル中と一緒にがんばってプログラミングを学び(叩き込まれるといったほうが・・・)
そして、バイトでもやるかね?ということである。
主に使う言語はPerlというcgiなんかを構成する言語であるが、俺は一度たりともその言語を学んだ事はない。
JAVAは学校の授業でちょっとやったが、以外とやってみるとPerlのほうがはるかに簡単であるということがわかった。
しかし、人様に売れるようなプログラムを組まなあかんわけで、そこまで技術があるわけじゃない。
明日からほぼ毎日アル中の家へ通い、短期間に学習するハメになってしまった。
毎日毎日半ば強制的にプログラミングを叩き込まれるというのはかなり鬱ですな。。。
2003年2月19日(水)
プログラミングにみる人生論。
今日から特訓らしいのですが、
実際プログラムを初歩的なのを組んでみました。
おりが今日学んだなかで一つ気が付いたといえば、まぁ変なことかもしれませんが、
プログラムの真髄というものですか?とりあえず”習うより慣れろ”ということであると思います。
後は”出来ないとかじゃない、人間死ぬ気でやれば大丈夫。”くらいじゃないでしょうか?
だから、プログラムが出来ないなんてわめいているだけじゃなく、無理やりでもやってしまったもの勝ちなんですよ。
そんなわけで、おりが始めて組んだPerlのプログラムのログ(?)をちょっと公開します。
ログ・・・
#ニクコップン
print"(;´Д`)の名前を教え・・ハァハァ。\n";
$name1 = ;
chomp($name1);
print"ニクコプーン数値キボンヌ\n";
$score1 = ;
chomp($score1);
print"( ・∀・)の名前をキボンヌ\n";
$name2 = ;
chomp($name2);
print"ニクコプーン数値をキボンヌ\n";
$score2 = ;
chomp($score2);
print"( ゚Д゚)の名前教えろや、ゴルァ!!\n";
$name3 = ;
chomp($name3);
print"ニクコプーン数値キボンヌ\n";
$score3 = ;
chomp($score3);
print "$name1 $score1\n";
print "$name2 $score2\n";
print "$name3 $score3\n";
$average =($score1 + $score2 + $score3) / 3;
print"平均ニクコプーン数値は$averageですが、何か?\n";
$goukei = ($score1 + $score2 + $score3) ;
print"合計ニクコプーンパワーは$goukeiのようだぜ。流石だよな俺たち( ´_ゝ`)\n";
$power = ($score1 * $score2 * $score3) ;
print"結成チーム厨房パワーは$power。おめーら超サイヤ人よりuzeeeeeよ。\n";
とりあえずPerlをインストールして、これをメモ帳なんかに貼り付けて、”ファイル→名前をつけて保存。このとき、拡張子を.plにしてください。”
そして、ダブルクイックして起動するなり、コマンドプロンプトなんかで開いてみてください。
とんでもなく、どうしようもないプログラムが起動されます。鬱になるため、覚悟してねw
※ちなみに、Perlはここのページからダウンロードできます→ActiveState
2003年2月20日(木)
なんとなく記事を。。
今日は昨日と違い、肌寒く雨が降っております>関東地方。
今日の予定もアル中宅にて、Perlを組むといったものだったのですが、起きた時間遅い+寒い、雨との悪条件のため中止。
アル中宅までは普通電車を使わなくてはならないのですが、電車賃が結構たかくお金もないために最近原付を駆使していってました。
原付なら燃費がいいので、お財布にもやさしく、運転する勇気があればいいだけですw
しかし、雨だとずぶぬれになり風邪を引く恐れがあるために。
駅前までマッタリゆき、本屋さんで”週刊アスキー”というパソコン関係の情報雑誌を買う。
なかなかのボリュームの情報量なので、週刊でだすのこれすごい大変だなぁなんて思ったりしますがw
そこで見かけた記事なのですが、”東大、東京工業大学の学生による手製の衛星を打ち上げ”なんていう面白いのが載っていた。
衛星の名前は”キューブサット”というもので、10センチ立方体。重さは1キロらしい。
これはどうやら世界で最も小型の衛星。
で、面白いのがこの衛星を作るときに使ったパーツは秋葉原で購入し、手作りってとこかなぁ。
何か”秋葉原のパーツ”と聞いて、親近感を感じてしまった。庶民でもついに”自分の衛星”が作れる時代がきたか!!とちょっと興奮してしまった。
一応、まだ実験段階であり、これらのパーツが宇宙空間の真空や、極限温度環境、放射能に対してどれくらい作動するのか?ということ。
宇宙空間なんてのは、マジな話、アニメなんかじゃ手軽に宇宙空間なんかで戦ったりしてますが、結構過酷な空間だってことですな。
真空だし、温度がクソ低い。NASAなんかが宇宙で使用している宇宙服なんて、内部にヒーターを装備してるらしいです。
この衛星の大きなメリットというのは、開発するのに時間がそんなにかからない(普通の衛星だと5年〜10年くらいかかる)し、コストも安いということだ。
通常衛星を打ち上げるとなると、打ち上げ費用は億単位なんていうことがザラのようですが、こちらは材料費+製作費用+打ち上げ費=1000万円くらいってところらしいです。
1000万円なんてちょっと俺の範囲内ではそうそうな大金であるわけだが、宇宙業界(?)的にみてはかなりの低コストみたいです。
ただ、ちょっとおりは疑問なのだが・・・たしかスペースシャトルとか衛星を打ち上げるごとに、”オゾン層”に穴があく。というのをどこかで聞いた気がするのだが?
今までの宇宙計画や、人工衛星、軍事衛星なんかをボコボコ人間が打ち上げしまくって、オゾン層結構穴だらけらしい(汗
オゾンっていうのはたしかフロンガスの影響で分解されるため、一般的にはそっちのオゾン層破壊のほうが有名なんですがねぇ〜
まぁ、打ち上げまくるのも環境によろしくはないってことです。
それ以上に自分のお手製衛星が打ち上げられるような時代になったら、大革命ですなぁ。
自分のパソコンなんかに自分専用のお天気を観測してくれる衛星や、今はやりの北朝鮮の上空がみれますYO!!
http://www.space.t.u-tokyo.ac.jp/cubesat/ ←キューブサットの詳細はこちらを。
2003年2月21日(金)
最近きづいたこと。
○最近週末を自分の家で過ごした事がない。
○自動販売機に1000円いれてジュースを買って、おつりの880円をとり忘れた。
○気づいたら財布のなかに1000円札しかない。
○自分の家は息が白くなること(暖房が無く寒すぎる。)
○気が付くと”宇宙刑事ギャバン”の歌を口ずさんでいる。”ギャバン、あばよな〜みだ”
○気が付くと寝ている。
○携帯電話の電池が寿命。2日と持たない。
○携帯電話をめちゃくちゃ使ってるわけでもなく、ただ持ってるだけなのに電池だけ寿命なこと。
○タンスに小指をぶつけたらいたいこと
○カフェインが足りないこと。
○今日が何曜日かわからなくなることが多いこと。
○北斗の拳の漫画をよんでいると、やたらとラオウと黒王号がでかいこと。
○男塾のキャラは死んでも絶対死んでないこと。(あとからふっかつ。)
○自分は時間の使い方が下手だということ。
○プラモデルを買うのはいいが、作らないので自分の家がプラモ屋みたいになってること。
○バイクに乗って友達の家に行くと、隣の家の男の子が母親に”あ、仮面ライダーのお兄ちゃんが来た!!”と叫ぶ事。
○その家族に自分が隣にてっきり住んでる人だと誤解され、”この前はどうもありがとうございました。”と謎なことを言われた事。
○さいきんプログラミング言語を知らないうちに読めるようになったかも知れない事(書くことは苦手)
○心のビタミンが欠乏してること。
2003年2月22日(土)
(゚∀゚)アヒャヒャヒャ。
今日はアル中の家に泊まることになりますた。
やっぱり週末は自分の家で迎えないという悪い癖ですなぁ。
今日は午前中に一度アル中の家でPerlを勉強し、いったん自分の家へ帰り色々な持ち物をそろえ、ガソリンを給油して夕方Let'sgo!!
このときはアマゾンも呼んでおき、3人で遊ぶことにしました。
そろそろ道路を爆走しながらアル中の家だ〜ってとこで、電話が。
慌てて、速度をおとし、路肩に寄せたのですが、後ろの車も同じところに止まろうとしたらしく、煽ってきます。
しかたなく低速で前進するか・・・れ・・・プスン・・・
エンジンが止まった??
どーした!!
再度キックをかましてエンジンをかけようとするが、ウンともスンともいわねぇ・・・
もしかして・・・カブった??
よくみると、そこは横浜で有名なラーメン屋”くじら軒”の前。行列ができてますた。
”ヒィィ(;´Д`)はず、はずかしい・・・”
俺のことをジロジロ並んでるひとがみてますがな。
よし、とっとと車載工具引っ張り出して、プラグ磨いてこの場をさろ。
とか思って引っ張りだしたのだが、エンジンが熱をもって金属膨張をしているためにプラグがレンチで回せない。
”げ・・マズイなぁちょっと待たないと・・・冷えてプラグが外せないことにはお話にならねぇ”
ふと、ラーメン屋をみてみると行列でまってる人のほとんどが俺の行動をみてやがる。
てめーらはラーメン食いにきたんだったら、俺なんかに注目してんじゃねーよ、ボケ。
しばらく、その後ショボーンと路肩で座って、冷えたのをみはからって、プラグをさっさと磨いてエンジン始動させ、アル中の家へ行きますた。
あそこまではずかしいのは久しぶりだった・・・
2003年2月23日(日)
昨日の夜から今日の朝の7時くらいまでほぼ徹夜のような感じでおり、アル中、アマゾンの3人でのネットゲームが繰り広げられた。
そのあと、ふらふらになった俺は今日の午後3時くらいまで眠った。
まったくもって、昼夜逆転の生活である。
だから最近は起きると、昼の12時を時計がまわったあたりだ。
そういった生活をしているために、太陽と向き合っている時間がすくないわけで、行動も夕方〜夜が多い。
ズボラな性格のおりだから、以前まではなんとも思っていなかったけど、確実に1日1日と時間はすぎていっているのだ。
みなさんも1日1日を大切に生きましょう。
なんの変化もなく刺激のない生活を毎日していると脳がどんどん退化していってしまうらしいです。
まぁ脳みそなんてほとんど死んでるおりのような人間が言うのもなんですが、日々刺激を。
ああ、、刺激が欲しい!!
2003年2月24日(月)
ヘルメットの中で口ずさむ歌。
今日は雨。
しとしとと、まぁ牛丼に例えると、並盛りくらいの勢いで降ってるわけで(謎)
そんななか長距離をしぶしぶバイクで行かねばならなくなってしまった。
車ならいいが、雨の日の単車というものほど悲惨なものはない。
実は今日もアル中の家に泊まってしまったわけで、おりの装備はまったく防水対策ができてないわけ。
最初は余裕をかまして乗っていたのですが、そのうちに雨が服にしみこんできて、寒いのなんの。
水というものは、体温を激しく奪ってゆくのは知っている方も多いだろう。
冷たい風の約34倍くらいのはやさで体温を奪ってゆくらしい。
もちろん手袋にも雨が浸透し、そのうち寒くて手の感覚が失われてきたのだ。
なんとか途中まで我慢してきたのだが、えらいこっちゃだ。
手の感覚がなく、氷をさわっているような感じなのだ。
もちろんつねってみたいしたが、感覚なし。
こういう風なのが続いて凍傷・・・・??
指を切らねばならないハメになってしまうのか・・・
こんなことを考えただけでゾクっとする。
つーか・・・クラッチきれない・・・事故しそうになりながら帰宅。
帰るなり、風呂をわかしたのだが、寒すぎて沸くまで我慢できなかったためにシャワーをあびたのだが、
今度は急激に熱いお湯で手足を温めたために、逆にやけどするような感じ。
雨の日は単車なんてのるもんやないなぁ・・・
ちょっと今日はつらい思いをしてしまったが、普段は歌を歌って運転している。
もちろん結構声をだしているが、回りの交通の音と、フルフェイスのヘルメットのために、気にしない。
自分で作った歌を歌っている時もあるし、気分にまかせて色々な歌を歌う。
今日は雨のなかだがもちろん歌ってた。
ZARDの”負けないで”だった。
都合よく自分風にアレンジしてノリノリで雨でも走りつづける。
坂井泉水”負けないで もう少し 最後まで走り抜けて どんなに離れてても心はそばにいるわ、おい〜かけてはるかな夢を〜”
俺( ゚Д゚)"負けないで もう少し 最後まで走り抜けて どんなに離れてても(家が)心はそばにあるさ、おい〜かけてはるかな夢(風呂)を〜"
坂井泉水”ふとした瞬間に視線がぶつかる 幸せのときめき覚えているでしょ。”
俺( ゚Д゚)”ふとした瞬間に視線がぶつかる(白バイと) 幸せのときめき(急ブレーキの赤いランプ)覚えているでしょ。”
坂井泉水”何がおきたってヘッチャラな顔して、どうにかなるさとおどけてみせるの”
俺( ゚Д゚)”何がおきたってヘッチャラな顔して(白バイに捕まっても)、どうにかなるさとおどけてみせるの(かなり必死)”
坂井泉水”今宵は私と一緒に踊りましょ”
俺( ゚Д゚)”今宵は私と一緒に踊りましょ(白バイからは逃げられません)”
2003年2月27日(木)
なんか、このごろなんもやってない日が多いので日記もすすまん・・・
そんななかで3日ほど日記を書いてなかった。
今日は、アル中の家にPerlを習いに行く日だ。
しばらくPerlをならい、奴が夜中まで仕事だというので、俺は近くに住むアマゾンの家に遊びにいった。
それで、アル中が夜に帰ってくるころにアル中宅へゆき、夜通しPerlをやろうという予定だった。
アマゾンの家へゆくも、2人ともボケ―っとして、漫画をコタツの上でよんでるくらい。
夜の11時くらいに腹が減ってきたので、ファミリーレストランでメシを食いに。
飯を食って、ポケーっとしてるとアル中から連絡があり、そろそろ帰るというので、とりあえずアマゾン宅へ2人で帰り、荷物をまとめた俺は日付をまたいで、アル中宅へと
バイクを走らせた。
このあととんでもない出来事が!!!!!
2003年2月28日(金)
俺の中でとても長い1日だった日
日付が12時をすぎ、今日の午前0時30分ごろ
それはあっという間の出来事だった。。。
今思い返して、日記を書いているが気分もすぐれない。いまだに。
そう、俺は事故ってしまったのだった。
十字路の交差点で、俺が直進しているにかかわらず、急に対向車線の車が右折してきて、接触した。
事故った瞬間は、脳内麻薬のせいか、目の前の雰囲気が1秒が1分のようにスローモーションで流れていった。。
俺も右折してくる車をとっさによけようとおもってハンドルをきったのだが、前輪が車のバンパーに接触。そのままズザーっとすべっていってしまった。
奇跡的に怪我は、両膝をすりむいただけだった。。。
正直接触して、ありえない軽症だ。
地面に倒れたのだが、意識のあった俺は交差点の真中あたりで、立ち、そしてヘルメットを脱いで、
接触してきた、車に向かって叫んだ。
そのときは気が動転していて、自分でも何をしゃべっているのかが分からなかった。
普通接触して、地面に倒れたなら、”いてーよ・・・助けてくれ・・・”とか声にならないくらいでうめくのだが、
俺は、すっと立ち上がり(今考えるとドラゴンボールみたいな展開だ。)
(ズボンも、アスファルトですれて穴だらけ。)
降りてきた車の運転手にむかって、脱いだヘルメットを投げ、
”馬鹿ヤロウがぁぁ!! てめぇ、ふざけやがって!!直進すんのが優先だろうがぁ!?それとも、まさか見えなかったなんて言うんじゃねーだろうなぁ!!”
”ブッ殺してやる、テメェバイクがボロボロじゃねーかよ、弁償しやがれクソがぁ!!!!!”
その他、汚い言葉をいっぱい。
自分でもありえない展開だと思ったりしたがそれだけ元気だったのだ。
そして、倒れたR1-Zをみたが・・・
R1-Zをみて涙がでてきた・・・
俺の体をかばうように、前輪がぐちゃぐちゃになっていた・・・
バイクが俺を助けてくれたのだ・・・
しかし、フロント部分がグチャったのに、タンクから後ろが信じられないくらい綺麗なのだ。。
”おい、R1、R1!!”ってバイクの前でかがんでしまった・・・
そのご、警察の取り調べをうけ、救急車で運ばれる。
レントゲンなどをとるが、医者には
”君、この怪我でなんで病院きたの? 骨どこも折れたりヒビがはいってないし・・・信じられないくらい無傷だよ”
といわれた。
それよりもバイクが心配になり、レッカー移動してもらい、その後にバイク屋へ運ばれる。
みればみるほど・・・悔しくて涙がでてくる。。もちろん廃車なんかにさせる気はないが。。。
接触した車は軽くバンパーの金属がゆがんで、自走になんの支障もないが。。
R1-Zのタイヤ、フロントサスは見事にぐんにゃり曲がって、自走すらできない・・・
計器類も見事にぶっ壊れ・・・
相手の方がほぼ無傷というのがゆるせない・・・
家に帰って数時間、心の整理がつかずに、布団の中で包まった。。
R1-Zのことを考えると涙がとめどなく出てきた。
思い返せばここ数年で一番自分にとってはつらい出来事のように感じた。


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